追悼文集


朝倉先生との想い出
医療法人慈風会 厚地脳神経外科病院
会長 厚地 政幸 先生

  5月8日、先生がいつもの透析中に突然心停止を来たし、その後心臓の再始動し数日後には意識も回復され、それ以降4ヶ月間の闘病生活の後、歩行等のリハビリを再開始しようとしていた矢先に、今度は多量の消化管出血が致命症となり、9月14日あの世へ旅立たれました。後に残された私は寂寥たる荒野に一人取り残され途方に暮れた状態で立ちすくんでいます。
 
 思えば50年前、私は精神科医になろうと鹿児島大学神経精神科教室を訪ねた際に、偶然の幸運とも云える朝倉先生との出会いがありました。私にとっては未知の世界の脳神経外科領域の仕事に従事していらっしゃる颯爽とした先生の姿と当時放映されていたアメリカのTVドラマの主人公Dr. Ben Caseyチーフレジデントとの姿とが二重写しになり、一も二もなく私も脳神経外科医になろうと先生の弟子になりました。その時すでに先生は南江堂より「脳波・心電図・筋電図」という教科書的な本を出版されており、まさに雲上の人でした。
 途中で先生がカナダに留学、そして東京女子医科大学と、私が虎の門病院にいる間の約10年間離ればなれになりました。その間も手紙等や直に論文等の指導を受けていました。私が東京へ出た頃の脳神経外科領域はまさしく黎明期で、手術領域に関してはMacroからMicroそしてMicronの時代へ大進歩発展があり、又血管内外科領域も開発進展があった日進月歩の時代でした。Microsurgery技術の実践習得を当時三井記念病院脳神経外科部長であった福島孝徳先生(現 Duke大学教授)を毎月1回招聘することを朝倉先生は快く受け入れてくださいました。お陰様で、現在鹿児島で活躍している多くの脳神経外科医達がその手技を学び第一線で活躍しています。検査機器の側面では、エコー・CTスキャンからMRIそしてPETとその当時からは想像もつかない装置が出現し、今では予防的に検査を行い予防的に治療が可能となってきました。放射線治療面でも2次元放射線治療から3次元放射線治療(Gamma Knife等)から4次元放射線治療(Soft Knife等)と開発されてきて転移性脳腫瘍、全身の悪性腫瘍等も苦痛なく治療できるようになりました。これらの装置を導入するのも先生のアドバイスがあり、先生の最期の仕事が厚地放射線治療研究所の所長として仕事を引き受けていただけたことを大変嬉しく思っています。

 最期の3年間、月1回のカンファレンス後にご一緒したソムリエ秋葉で先生が愛したブルゴーニュの赤ワインを楽しみ “時空を超えた雑談”をしながら一緒に過ごした時間が忘れられません。先生、長い間ご指導ありがとうございました。安らかにお休み下さい。