追悼文集


追悼の言葉
鹿児島大学医学部・歯学部附属病院
脳神経外科教授 有田 和徳 先生

 朝倉哲彦先生は 過ぎし平成26年9月14日、鹿児島大学附属病院におきまして、ご令室久子様 他 御家族、厚地政幸先生、上津原甲一先生ならびに当教室員のみまもりをうけながら、享年84歳にて安らかに御逝去されました。あらためて心よりご冥福をお祈りいたします。
 なお、11月16日に開催しました『朝倉先生を偲ぶ会』には、全国から御縁をいただいた多数の方々に御列席いただきましたこと、心から御礼申し上げます。

 朝倉哲彦先生は、鹿児島大学脳神経外科学講座の初代教授として昭和50年3月に着任され、翌年9月から脳神経外科の診療を開始されました。その後、ご専門であるてんかん外科のみならず脳腫瘍全般、画像診断、脳血管障害と幅広い領域で、精力的に診療、研究、教育に取り組まれ、64名にも及ぶ後進を育てられ、鹿児島のみならず日本における脳神経外科学の発展のために尽力されました。また、数多くの論文、著書を記され、そのうちいくつかは私の座右になっています。

 私が、朝倉先生に初めて親しく接したのは 平成4年に鹿児島で先生が主宰された、第51回日本脳神経外科学会総会の時でありました。実は脳外科学会総会でのシンポジストになったのはこの時が初めてで、大変に緊張していたのでしたが、学会会長の朝倉先生から、『おー、有田君』と声をかけていただいたとたん、なぜかすっかり落ち着いたのでした。あの時の白い歯を見せながらにっこりとされた先生の面影はしっかり心に残っております。また平成17年に 私が故郷である鹿児島に戻り、脳神経外科学講座に着任してからは、当地で開かれる学会、研究会には必ず御出席いただき、最前列でにこにことうなずきながら、我々のつたない発表を聞いておられるお姿にいつも安心感と自信をいただいたものです。
 
 私が鹿児島大学教授となり9年が経ち、それなりの業績も挙げ、地域医療も守って来られたと考えていますが、それを支えているのは朝倉先生の教え子達です。第一線の医療現場でリーダーあるいは中堅として活躍している朝倉世代の方々が中心となって、教室と同門を盛り上げ、発展させて来られました。改めて、朝倉先生の御薫陶に対して深謝申し上げます。

 これからも、朝倉先生の座右、「まことに日に新たに、日々に新たに、また日に新たなり」、これを忘れずに一日一日をはげみたいと思います。